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造形ワークショップ&保育者による振り返り

保育園のコト 2018年6月 3日

去る5月に、あすか保育園では初めての試みになる、「造形ワークショップ&保育者による振り返り」を、ファシリテーター(進行役と訳すのかな?)に吉田 祐子 (Yuko Yoshida)先生をお招きして開催しました!

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この試みは、
造形あそびやアートワークとは↓↓

こうあるべきだ!
これが常識!
ずっとこうやってきた!
学校でこう教えられた!

などの事柄は一旦置いといて、
 
ゆうこ先生曰く、
「ほとんど先入観なくモノと純粋にやり取りできるのは乳児ならではのことで、子どもの自発的な気付きを大切にしよう」をコンセプトにして、

大人たちは、危険でない限り極力介入せず(止めることはもちろん、過剰に盛り上げたりほめることもしない)、見守りながら共に探究する、という姿勢で臨む機会として実施しました。
 
簡単な事前説明のあと、白い画用紙と薄めに溶いた「赤青黄」の絵の具と何本かの筆をテーブルに置いてスタートしました。
 
●数人の子どもたちは一つのテーブルで一緒に、何やらあーだこーだおしゃべりしながら、時には絵具の取り合いでミニバトルを繰り広げながら、でも大人たちは頑張って「ガマン」して見守りながら、最後には色とりどりの「コラボ作品」のような一枚を完成させる!
 
●ある男の子は、一人でゆっくりと筆に絵の具をつけて点を描いたり、たっぷり絵の具を使って紙に広げてみたり。でもこの子は最初から最後まで単独で、そして使った色は「青」の一つだけ
 
●たんぽぽ組(年齢が下の園児たち)の一人は、上の子たちのテーブルに堂々と参加し、見よう見まねで筆を使って(振り上げるというべきか)、とてもうれしそうに楽しむ姿を見せてくれましたし、
 
●月齢が一番下の子どもは、つい最近上手になってきた「つかまり立ち」で精一杯がんばってテーブルの上の絵の具コップに手を伸ばし、バシャー!!っと一気に、画用紙にもテーブルの上にも床のシートの上にもこぼして楽しんだ?いや、描いていたのかも?そんな様子が見られました(^^)
 
終了後、子どもたちの午睡中に、保育者スタッフによる「振り返り」を実施。

再びゆうこ先生曰く、振り返りとは「体験から学ぶこと」であり、「反省会」とは異なるものである。

例えば振り返りとは:
●1枚の画用紙を2人で共有しながら、絵の具をこぼして、それを塗り広げて描いていた。これは、普段より絵の具が水分量多めで薄かったので、わざとこぼして塗り広げる描き方を子ども自らが選んだのか?そう考えると、絵の具の濃い薄いの違いによって、描き方も大きく変わる可能性を発見した。
 
●活動中、子どもたちがいつもより静かだったように感じた。これは、必要以上に保育者が声かけしなかったからなのか?それとも成長して一つの作業への集中力がアップしたからなのか?保育者が声かけをする場面やタイミングを見極める、そういう心がけにつながると感じた。
 
●全体の活動の場になかなか入れず、一人で違う遊びをする子がいた。人見知り?元々の性格?むしろ保育者の声かけの不足の結果だったのか?次も同じ様子であれば、敢えて声かけするのも良いのかもと思った。
 
さらに振り返りをもう一つ:
●子どもたちが絵の具をこぼしたら、すぐに拭き取っていたが、遊び込むならその都度拭き取ったりせず、見守ってもよかったのでは?と思いました。今までの製作はテーマを決めてやっていたが、子どもの考える力や創造力を信じ、自由に絵を描いてもらうのもいいかも知れないと思ったので、今度は絵の具やサインペンなど道具を複数用意し、好きな道具で描いてもらったりする日を設けても良いかな?と思いました。
 
最後にゆうこ先生からの振り返りを↓↓

【あそびの境界】
0 歳-2 歳児 12 名が通う小規模保育園での造形あそびでの子どもの姿。
 
流れる位の薄さに溶いた赤・青・黄の絵の具と、筆と、画用紙が用意し、大人は何も指示せず、教えたりもしない中で、子どもたちはそれぞれに筆や絵の具の入 ったカップに興味を持ち、手に取り、遊びはじめます。
 
筆に絵の具をつけ紙に押しつけてみる子、
倒れたカップから流れる絵の具の感触を手で確かめる子、
 
混色された絵の具で描いてみる子、
同じ色にこだわり塗り続ける子、
 
カップの倒れる音が面白いのか次々に倒す子、
近くにはいるけれど、見てるだけの子・・・
 
"やる"ことを強制されることなく、どんなやり方や表現、そして"その場でのあり方"をも肯 定される場を創りたいと思っています。
 
その後の振り返りで保育者から、
「絵の具あそびなのか、色水あそびなのかわからなかった」という声が聞かれました。
 
でも、子どもにとって大人の言う「何あそび」なのかが何かの意味をなすものなのでしょう か?
 
子どもにとっては、ただそこに絵の具や筆や紙のある空間があり、それらとそれぞれの関わりをしてみただけ。
 
きっとそこで何かに気付いたり、発見したり、心惹かれたり、挑戦してみたり・・・そんな経験をした時間がそこにあっただけなのではないかと思うのです。
 
そこに「○○あそび」と名付ける必要があるのか、それは誰のために、何のために名付ける必要があるのか?
 
子どもの「やりたい」を目の前にして、そのあそびに大人の頭で考えた境界をつくる必要はない、のではないかと感じました。

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